「二度と戦争しません」反戦紙芝居・戦争遺跡めぐりを開く=三重・鳥羽市離島

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【PJ 2008年01月30日】− 三重県職員労働組合(大西代表)が主催した平和・人権学習講座が26日と27日の2日間、鳥羽市離島・答志島の旅館中村屋で行われた。26日は市営定期便で参加者が和具港に到着後、オリエンテーション、夕食、情報交換会を行った。翌27日は反戦紙芝居「二度と戦争しません」(中村進一三重県議)、山口謙次講師(三重県歴史教育者協議会)を招いて講演をした。

 講演者はなぜ、鳥羽市の離島「答志島(とうしじま)、この他に坂手島(さかてじま)・菅島(すがしま)・三島由紀夫の神島(かみしま)」かと言うと「こんな三重の離島にも戦争があったのか」と戦争の爪あとを身近に感じていただきたいと話していた。
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その思いから企画したと担当者は話していた。

 三重県南の伊勢湾へアメリカ海軍(航空母艦)が入港して来るのを防ぐために、日本は鳥羽市の離島(特に神島、菅島、答志島)は伊良湖岬〜神島間、神島〜菅島間を完全に封鎖する作戦に出た。水際(みずぎわ)で伊勢湾に入ってくるアメリカの航空母艦を防いだという。

 名古屋の三菱重工業(航空機製造)を攻め落とすには、どうしても伊勢湾を占領しなくてはならないために、米軍は離島を狙った。答志島に多くの特攻基地、人間魚雷の「回転」基地がある。1944年〜1945年まで基地建設が続いたが一度も使用される事なく終戦を迎えた。

 その後、三重県答志島の戦争遺跡フィールドワークでは参加者40数名が各所を見学して、それぞれの専門の講師から説明を聞いた...

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(引用 livedoorニュース)


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